大杉漣、300の顔を持つ名俳優を紹介したい

今年急逝した俳優の大杉漣は「300の顔を持つ男」との異名を持つほど数多くの映画やテレビドラマに出演してきた。2000年前後には公開される日本映画すべてに顔を出していたのではないかというほど引っ張りだこだった。役の大小にかかわらず、あらゆる物語で存在感を発揮しているところが魅力だった。

初期は舞台やピンク映画に出演

日本の撮影所システムが事実上崩壊した1970年代にデビューした大杉漣の出発点は舞台演劇とピンク映画である。高倉健や吉永小百合など撮影所時代の銀幕スターのような圧倒的な大物のオーラを大杉は持っていない。

その代わり、大杉には仕事を選ばない軽やかさがあり、大作映画にも低予算作品にも自然に溶け込める。80年代には周防正行のデビュー作『変態家族 兄貴の嫁さん』(1984年)をはじめ、今や日本映画を代表する存在となった大物監督の初期作品に積極的に出演している。

北野映画での存在感に圧倒

私が大杉漣に注目するようになったのは北野武監督作品『HANA-BI』(1998年)での演技である。半身不随になる刑事を演じた彼は、ミニマルな台詞ながらも表情や仕草を通して情感を豊かに表現していたのが印象的だった。

そのあと『ソナチネ』(1993年)を見て、沖縄の浜辺で子どものように遊び呆けるヤクザの一人を演じる大杉に再び圧倒された。北野作品だけでなく三池崇史、黒沢清、SABU監督らの常連俳優でもあり、何度でも起用したくなる魅力を持った俳優であったことが窺える。

大杉さんは怪しいおじさんが似合う

三池崇史の『オーディション』(2000年)や江角マキコ主演のドラマ『独身生活』(1999年)などでの怪演ぶりも忘れがたい。大杉漣は普通の人よりも、ちょっと怪しいおじさんのほうが似合う。背もすらりと高く、決してどこにでもいるようなタイプではない。

普通の人を演じているときでも、ピンク映画やアングラ演劇時代に染みこんだ猥雑さが常にどこかに感じられる。ピンク映画時代を除けば初主演映画となった団鬼六原作の『不貞の季節』(2000年)では、妻への嫉妬にもがくSM小説家を好演していた。

役とマッチさせるためにメガネ変えるこだわり

東宝の『秘密』(1999年)や『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998年)といった豪華キャストの超大作にも『発狂する唇』(2000年)のような本当に訳の分からないカルト作品にも出演している彼は平成の日本映画を代表する存在だ。

役に合わせて自前の眼鏡を選ぶことでも知られ、多くの出演作で眼鏡と大杉漣は切っても切り離せない一つのイメージとなっている。2000年ごろ、私は大杉漣の出演作をすべて見ようとかなり頑張って追いかけていたため、映画やドラマのストライクゾーンが無駄に広くなってしまった。

普段の人柄は親しみやすい大杉漣さん

近年では『大杉漣の漣ぽっ』(2013年)などの番組やトークショーで本人のおちゃめで親しみやすい人柄が見られた。田口トモロヲとのバンド活動やサッカーなど、私生活ではアクティブな趣味人ぶりを見せていた。

第2シーズンが連続ドラマの遺作となった『バイプレイヤーズ』(2017年および18年)は、彼のおちゃめな素顔をドラマにうまく取り入れた佳作だったと思う。何度となく共演している田口トモロヲ、松重豊、寺島進らとともに本人役を演じる大杉漣は生き生きとしていて、見ていて心地よかった。

大杉漣さんのサインを購入した

大杉漣への憧れが高じ、高校時代にヤフオクで大杉漣のサインを買った。2000年のことだ。芸能人のサインを買うなんて後にも先にもこの一回きりである。

それから10年くらい経ったあと、大杉漣が自身のサインに必ず「あるがままに」と書くことにしているとテレビのトークショーで話しているのを見た。小津安二郎の常連俳優だった笠智衆の言葉を座右の銘にしていたのである。

私の持っているサインには「あるがままに」が書き添えられていなかったため、いつか直接会う機会があったらサインに座右の銘を書き足してもらおうと思っていた。こんなにも突然、大杉漣が世を去ってしまったことが残念でならない。

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