チェッカーズというバンドを紹介します!

私が紹介したいバンドはチェッカーズです!

私が青春時代を過ごした1980年代に活躍したアイドル的バンドで、そのブームは凄かったんです。

チェッカーズはチェック柄がトレードマークの7人組

チェッカーズは、福岡県久留米市で結成された男性7人のグループです。

活動期はわずか10年足らずと少なかったのですが、ぜひともその人気の凄さを 知って欲しいと思います。

1983年にデビューしたチェッカーズは、2ndシングルである「涙のリクエスト」で爆発的な大ヒットを出す事になります。

どこか懐かしいオールディーズのメロディのような曲と、ボーカルの藤井郁弥(現・藤井フミヤ)さんの歌唱力の高さもさる事ながら、そのフアッションも注目される要因となりました。

全員チェック柄のファッションに身を包み、「涙のリクエスト」のサビの部分では頭の上で腕を回すというフリが人気が出て、チェッカーズはあっという間にトップアイドルの仲間入りをしたんです。

ヒット曲連発で大ブレイク!歌だけでなくバラエティー番組でも活躍

そして、ここからが凄かったんです!

「涙のリクエスト」がヒットした事で、デビュー曲である「ギザギザハートの子守唄」、また3rdシングルの「哀しくてジェラシー」と、3曲がトップ10に入るという快挙を成したのです。

街中にはチェッカーズを真似してチェック柄のファッションに身を包む若者が増えました。

中でもボーカルの藤井郁弥さんの人気はすさまじく、前髪の一部だけを垂らすヘアスタイルを真似する男の人も多くいました。

それからもチェッカーズが出す曲は次々とヒットし、5thシングルの「ジュリアに傷心」はオリコンチャート1位を獲得して、アルバムも「絶対!チェッカーズ」などを次々と発表。

チェッカーズはあらゆる世代から支持されるようになりました。

そして、チェッカーズの活躍は、音楽関係だけではありませんでした。

当時の人気バラエティ番組「とんねるずのみなさんのおかげです」では準レギュラーとして、コントにも挑戦していました。

更には自分達だけで行ったバラエティ番組、「NOT CHECKERSTV」などでも、好評を得ていました。

音楽スタイルの変更、そして解散へ

そして、チェッカーズの音楽スタイルは、途中でガラリと変わります。

11thシングルである「SongforU.S.A」を発表した次のシングル「NANA」からは全てメンバーオリジナルの曲を歌うようになったのです。

以前よりも、もっとバンドとしての力をつけてきたチェッカーズですが、1992年に「ミュージックステーション」での生放送中に、驚く言葉が飛び出したのです。

それは、チェッカーズが解散するというものでした。

そして、その年の紅白歌合戦でチェッカーズは、その輝かしいバンドの歴史に幕を閉じました。

「PresentforYou」というラストシングルは、とても静かなバラードで、ファンは涙しながらもメンバーの今後に期待しました。

解散後はメンバーそれぞれが自分達の世界で活躍を始めました。

チェッカーズの裏側を書いた暴露本発売

ですが、メンバーの1人である高杢禎彦さんが出した一冊の本が波乱を呼ぶことになりました。

「チェッカーズ」という、バンド名そのままのタイトルのその本には、まさにチェッカーズ時代の事が書かれていました。

ですが、ファンにとってはあまり知りたくなかった内容でした。

連日のようにワイドショーでは、この事が取り上げられ、ファンの気持ちは複雑でした。

チェッカーズの再結成は?

その騒動もいつの間にか収まり、再結成を望む声もありますが、藤井フミヤさんは取材に対して再結成はしないと答えていました。

その理由の一つは、ドラムを担当していた徳永善也さんが2004年に亡くなった事にもあると思います。

やはりバンドの要はドラムです。

チェッカーズは、7人揃ってこそのチェッカーズなのです。

それでも、やはりチェッカーズという素晴らしいバンドの再結成を願わずにはいられません。

そして、チェッカーズというバンドを知らない若い世代の人達にも、知って欲しいと思います。

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