元とび職で健脚な俳優、三田村邦彦さんを紹介します

1980年代後半から、1990年代「必殺仕事人シリーズ」が人気でした。そのなかで「かんざしの秀」をしていた三田村邦彦さんが私は好きでした。

必殺仕事人を見ていた時、屋根を走り、天井からひょいと降りて来て、相手の首根っこの動脈をかんざしで切るところが、すごく様になっていてかっこよかったです。

時代劇でありながら、何故か三田村さんだけは町人姿でも侍姿でもなく、ザンバラ頭で作務衣を着ていました。違和感ありありの時代劇でしたが、必殺仕事人シリーズ、三田村さん目当てだけでなく良かったです。

ジプシー刑事もかっこいい!

さて、そのイメージで人気が出て、「太陽にほえろ」でもジプシー刑事という陰のある役をやっていました。このシリーズでは、陰のある役であった沖雅也の後継キャラでしたが、こちらでも黒い革ジャンを着てマイペースに仕事をする2枚目の役に、当時女子高生だった私は、虜になってしまいました。

三田村さんに青春をささげ、舞台挨拶へ行ったことも

当時、同級生たちはというと、光GENJIやチェッカーズ、チューブなどのアイドル全盛でしたから私はおじさん趣味の妙な女子高生だったと思います。

しかし、彼女たちが毎日コンサートに行ったり、雑誌をあつめたりCDを買ったりちていたように、私も、「必殺仕事人」の映画の舞台あいさつに出かけたことがあります。その時は舞台挨拶には京本政樹さんや、藤田まことさんもいたと思います。

生で見る三田村さんは、テレビでももちろんすらっとして雰囲気のある人でしたが、やはり映画館と言う場所で遠目で見ても、テレビとは格段に違いました

当時、三田村さんは歌も出していて、私は実はコンサートにも行ったことがあります。そのレコード(CDじゃないところが古いですが)は、今でも実家にあると思います。そんなものを持ってる人は、もうそんなにいないのではないでしょうか。
ポスターも何枚か家にありました。それはもうどこかに行ってしまったかな。

ちょうど岡田有希子さんが自殺をした直後の時期で、「皆は絶対に命を粗末にしないで」とコンサートで言っていたのを、今でも覚えています。テレビで演じているクールな役とは裏腹に、気持ちのまじめな人なのだと思いました。
そのコンサートの帰りには、当時何かのドラマで共演していた市毛良枝さんを見かけました。生で見ると彼女もテレビよりずっと女優オーラの強い人でした。

いろいろな役をこなすようになった三田村邦彦さん…

そんなこんなで、2枚目路線を言ってほしかったのに、その後の三田村さんは、後藤久美子とドラマに出たり、渡る世間は鬼ばかりではマザコン亭主の役をしたりで、すっかり路線変更してしまいました。

そして、私と大して年齢の変わらない女優さんと不倫騒動があり、連日ワイドショーでそのことが取り上げられていた時期は、どこか地方都市のイベントで阿波踊りを踊っている映像が良く使われていて、「私の青春を返してほしいなあ」と思ったものです。それは今も変わらない気持ちですね。

最近ではすっかりバラエティー番組に馴染んできた

現在は、芸能人が何人かでリレーのように、目的地までに数日以内にたどり着くチャレンジ企画の徒歩の旅の企のような番組で、良く拝見します。

距離を稼ぐ方のキャラで出演していて、役者をする前にとび職をしていたその健脚は、今も健在。

いいおじさんになってしまいましたが、1990年代には、確かにイケメンだったのにその面影もないようなおじさんになってしまった役者さんも数多くいる中、見かけやスタイル面では上手に年齢を重ねていると思います。

それはキャラ変更があったにしろ、唯一私の救いですね。

旅の企画を子供たちとみながら、このおじさんのことが、お母さんは昔好きだったのよ。と言ったりしますが、子供たちは微妙な反応です。

まあ、2枚目だったころの三田村さんを追っかけてたのは、私の青春の一ページとして今ではいい思い出です。

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