解散してしまったデュオ「19(ジューク)」さんについて紹介します

19(ジューク)は岡平健治さんと岩瀬敬吾さんからなる二人組の人気歌手でした。

代表曲として、「あの紙ヒコーキ くもり空わって」、「すべてへ」、「水・陸・空、無限大」、「以心伝心」などがあります。
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そんな19について、当時の活躍や解散の理由、現在について紹介します。

歌番組で大人気だったデビュー当時の19

メンバーの岡平健治さんは、ギター、ボーカル、ハーモニカを担当し、姿勢を低く、前後に揺れながらの歌唱スタイルが当時大きな話題となりました。

また、岩瀬敬吾さんは、楽曲の独特な世界観とともに、ギターの演奏テクニックも高く評価されました。

19は1998年に「あの青を超えて」でメジャーデビューを果たしました。

その後、セカンドシングル「あの紙ヒコーキ くもり空わって」がロングヒットし、自身初の紅白歌合戦出場を果たすと、一躍人気者になりました。

同時期にデビューしたゆずとは二人組の男性シンガーとしてライバル関係にあると目されていましたが、当時、メディア露出が少なかったゆずとは対照的に、19はミュージックステーションうたばんポップジャムなど数々の人気歌番組に出演し、若者を中心に人気を博し、その人気は今や国民的デュオとなったゆずを凌ぐものでした。

特にうたばんでは健治さんがフリーター時代にお世話になった方との関係を大きく取り上げ、恩人からのメッセージに健治さんが会話できなくなるほど号泣する姿が放送され、その人柄を世間に広めることになりました。

また、うたばんMCの石橋貴明さんと中居正広さんと明らかにおかしな誓約を結ばされ、バラエティー的な側面としても重宝され、19の人気は上昇していきました。

そうして人気を得た19は、2000年のシドニーオリンピックで「水・陸・空、無限大」が日本代表選手団公式応援ソングに抜擢され、自身二度目となる紅白歌合戦出場を果たすと、その人気は一気に加速し、一躍トップアーティストの仲間入りを果たしました。

19突然の解散発表、理由は

その後もヒット曲を生み出し、順風満帆に見えた19でしたが、2002年2月、同年3月をもって解散することを突然発表し、世間に大きな衝撃を与えました。

当時、解散理由として「互いの音楽性を尊重するため」と発表され、不仲説が飛び出しました。

しかし後年、メンバーだった健治さんは、解散は大人に対する報復であったとしています。

また、解散を後悔しているとも発言しています。

さらに、解散の主たる理由として、事務所とのトラブルを挙げています。

もともと、19にはもう一人、CDジャケットなどのビジュアルプロデュースや作詞の役割を担っていた326さんも所属していましたが、当時、給料は10万円以下で、本人の意思に反して脱退させられたと326さん本人が語っています。

326さんは現在、爆笑問題の太田光さんの妻、光代さんが社長を務めるタイタンに所属し、活動しています。

326さんが告白したような事情から、19と事務所とのトラブルは深刻だったようです。

解散後の19は?

19解散後、健治さんは新たにバンドを結成し(のちに活動休止)、敬吾さんはソロ歌手として活動を続け、共に音楽活動を現在でも続けているようです。

19の解散は人気絶頂時であったため、復活を望むファンも多く、たびたび再結成の噂が流れますが、両名共に再結成を否定しています。

しかし、解散当時噂されたような不仲というわけではないので、現在でも連絡を取り合っているようで、互いのライブに客として足を運ぶこともあったようです。

19の健治さんは実業家として成功

ちなみに健治さんは、バンド活動休止後、ソロツアーを行う傍ら、音楽活動以外に、19時代の印税をもとに、様々な事業に挑戦し、紆余曲折を経て、現在では年商2億稼ぐ実業家でもあり、音楽スタジオやライブハウス、バーなどの経営をし、たびたびテレビで見かけることもあります。

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