萩本欽一さんが作ったアイドルグループ「CHA-CHA」を紹介します

CHA-CHAは昭和の喜劇王、視聴率100%男、大将こと萩本欽一が、自身の番組の中で作ったアイドルグループです。

アイドルながら、お笑いにも積極的で、メンバーにアイドルらしからぬビジュアルのメンバーがいたことも、それを色濃く印象付けるものでした。
しかしながら、当時の人気はアイドルとしても高く、アイドル雑誌にも多く登場していました。1980年代当時のアイドルとしては異色の存在でした。同じ頃登場したアイドルグループとして、SMAPや少年忍者、COCOなどがいました。
代表曲は「いわゆるひとつの誤解デス」「僕のせいいっぱい」などがあります。

CHA-CHAのメンバーについて

メンバーは、バラエティーで現在でも活躍中の勝俣州和をリーダーとして、少年忍者にも在籍していた中村亘利、田原俊彦のバックダンサーを務めていた木野正人、現在西村知美の夫である西尾拓美、丸いメガネがトレードマークの松原桃太郎の5人でした。一時は草彅剛や堀部圭亮も参加していたことがあり、木村拓哉がオーディションを受けにきたことがあると言われています。
現在AKB48で見られるように、メンバーの所属事務所がバラバラだったのも特徴のひとつでした。
グループとしては、萩本欽一所属の浅井企画の預りだったとされています。

CHA-CHAの主な出演番組

主な出演番組は、「CHA-CHAワールド」という冠番組で、そこでコントや舞台、パントマイムや歌などを披露していました。
舞台では、女優の田中美佐子と共に、毎回有名な俳優をゲストに迎えて共演していました。
主なゲストに、竹中直人や本田博太郎、京本政樹、高田純次などがいました。
パントマイムのコーナーは、中村ゆうじが彼らにパントマイムを教えて実践する、というものでした。

お笑いも去ることながら、前述の代表曲はヒットして、オリコン最高位2位を獲得したことがあります。歌番組にも数多く出演し、ベストテンや夜のヒットスタジオなどにも出演しました。
また、アニメのテーマソングも担当したことがありました。
今も知られている「アンパンマンたいそう」を、彼らが歌っていたこともありました。

CHA-CHAの解散とその後について

そんな活躍を見せていた彼らでしたが、木野正人がダンス留学のためにグループを脱退し、その数年後にグループは解散してしまいました。

その後メンバーは各自活躍の場を見つけて活動しているようです。
勝俣州和は言うまでもなく、現在でもテレビバラエティーで活躍中です。

木野正人は今も田原俊彦のダンスサポートに関わる傍ら、自身のダンススクールを運営したり、ダンスライブを開催したりしているようです。

中村亘利は、世界最古の楽器ディジュリドゥ奏者として活動しているそうです。また、小室哲哉のいとこなんだとか。

西尾拓美は飲食店店長を勤めているそうで、たまに西村知美と共にテレビ出演することもあります。
また、アニメ「タッチ」で声優として出演していたことがあるそうです。

松原桃太郎は、一時コントコンビを組んでいたこともありましたが、表舞台を去った後は芸能人養成所の講師をしていたようです。
講談師の神田山陽とそっくりなので、本人では?と囁かれているようですが、全くの赤の他人だそうです。

CHA-CHAを紹介しますのまとめ

今となってはアイドルがお笑いやバラエティーに出ることも当たり前となりましたが、そのパイオニアとなったのは、彼らなのかもしれません。
それまではドリフターズの番組などでちょっとコントに参加するくらいだったのが、冠番組でがっつり笑いを取りに来たアイドルという意味では実に新しく、これまでのアイドルのイメージを根底からくつがえしたグループだったと思います。

現在でも、メンバー間の交流はあるようで、ときどき元メンバーのブログで何人かのメンバーが集って、写真をアップしたりしています。

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