滝沢秀明に恋をして

時は1995年、日本中の女の子たちはある一人の王子さまに恋をしました。

彼の名前は滝沢秀明、A型、ニックネームはタッキー。

のちにジャニーズJr史上初の逸話を数々作り上げていく伝説の男です。

憧れはキンキキッズの堂本光一、それがジャニーズ事務所入りを自ら希望したきっかけでした。

滝沢秀明が脚光を浴びたドラマ

滝沢が一躍脚光を浴びたのは、「怪奇俱楽部」というドラマです。

それは「木曜の怪談」という番組の若手ドラマ枠の一つで、彼はそこで主人公、赤星のぼる役を演じました。
これがドラマデビュー作だったにもかかわらず、その甘くてキュートなルックスから話題沸騰に。

こうしてジャニーズJr史上もっとも愛された男の伝説はあっという間に幕を開けたのです。
滝沢秀明、13歳、ジャニーズ事務所に入所したその年の出来事でした。

ここから彼の魅力は一気に開花し、光り輝きます。

ジャニーズJr.でも大人気だった滝沢秀明

歌番組で先輩アイドルのバックダンサーを務めれば、メインアイドルよりも注目され、その人気ぶりからバックダンサーとして出演していた先輩グループのコンサート会場のグッズ売り場には、まだデビュー前だったにもかかわらず滝沢グッズが並んでいたという逸話も。

もともとジャニーズアイドルを追いかけるファンの傾向として、アイドルの卵であるJr時代から、お気に入りの男の子を見つけて応援するというスタイルが定着しています。

しかしそれはあくまでもその子が早くデビューしてほしいというささやかな祈りのようなもの。
活動の場といえば、雑誌や先輩アイドルのバックダンサーなどごくわずかで、特に個人として目立つことはありません。
だからこそ早くデビューしてほしいと願うのです。

バラエティ番組でも大活躍していた滝沢秀明

滝沢秀明伝説の一つに「8時だJ」というバラエティー番組があります。

それはゴールデンタイムにドカンと1時間設けられ、通常ではありえないジャニーズJrが主役の番組。

そこには今をときめく嵐や関ジャニの姿もありました。
そしてこの番組の司会者が当時まだ高校生だった滝沢だったのです。

10代といえば自分が一番目立ちたい時期。
しかし彼は自分が一番注目されていると自覚しつつも、決して自分だけが目立てば良いという考えを持ちませんでした。
Jr黄金期と呼ばれる世代をけん引した彼ですが、その謙虚さこそが人々に愛された最大の要因だったのではないでしょうか。

滝沢秀明の人気を例えるなら、まさに選ばれた人

ジャニーズJrだけでコンサートが出来たのも、歌番組に呼ばれたのも、ましてやジャニーズJrがメインの番組が持てたことも、彼の人気が全てでした。
それはまるで夢の中にいるかのように一瞬で、切なくも儚い青春のような感覚です。

教師と生徒の禁断の愛を描いたドラマ「魔女の条件」では、憂いのある高校生を見事に演じ、社会現象に。
「ストロベリー・オンザ・ショートケーキ」では繊細で気弱な男の子を演じ、その演技力にも注目が集まりました。

プロレス大好きな滝沢秀明

ドラマでは内気な役どころが多い滝沢ですが、素顔の彼はお茶目で大のプロレス好きで、少しシャイな男気のあるリーダータイプ。

ジャニー社長からは14歳ぐらいのころから、自身もJrであるにも関わらずJrのリーダー、そして教育係を任されるほどに。
その面倒見の良さには定評があり、嵐の相葉雅紀や山下智久も可愛がられた後輩の一人なのだとか。

滝沢秀明のCDデビューについて

そんな彼がファン待望のCDデビューを果たしたのは2002年。

オーディションからずっと一緒だった同期の今井翼とのユニットでした。

その名も「タッキー&翼」です。

そんなみんなのタッキーも今や30代

すっかり舞台人として生きる彼ですが、あの頃、まるで神様からのプレゼントであるかのように、すい星のごとく現れ、日本中の女の子を熱狂させた滝沢秀明。

時を経てもなお輝き続ける彼から、スポットライトが離れることはないでしょう。
恋するファンがいる限り。

青春をありがとう。
そしてこれからも。

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